1972年、虫取り網を持つ8歳の誠一
北海道のラベンダー畑で、夫婦で撮った写真
沖縄での娘の結婚式、両家8人の記念写真
誠一

誠一の記録

娘の結婚式で、こんなに幸せな気持ちにさせてもらった。
あのときの想いと写真を、なくしたくなかった。
ついでに、押し入れで眠っていた写真も、
少しずつ、ここに残していくことにする。

1964年生まれ 東京・町田 43年勤めた会社を今年の春に辞めた

1964 – 19820歳から18歳まで

子どものころ

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生まれたのは、東京オリンピックの年だと聞かされて育った。
このころは、まだ町田に田んぼがあった。

1965年、縁側で母に抱かれる赤ん坊の誠一

母に抱かれて

いちばん古い一枚。この写真の話になると、母はいまでも同じことを言う。

1972年の夏、路地で虫取り網を持つ8歳の誠一

8歳の夏

学校から帰ると、網を持って暗くなるまで外にいた。セミは、ほとんど捕れなかった。

「あんたは、よく泣く子だった」

母から。何度目か分からない
1972年、土の校庭で行われた小学校の運動会

小学2年の運動会

かけっこは、いつもまん中あたり。それで満足していた。

1972年、路地で自転車の練習をする少年と、離れて見守る父

父と、自転車の練習

後ろを持っていてくれると思ったら、とっくに手を離していた。 転んで泣いたら、「泣くな。もう一回だ」とだけ言われた。

子どものころの写真(全9枚)

母に抱かれて
8歳の夏
小学2年の運動会
父と、自転車の練習
ほか
5枚
見本の説明

古い写真も、アルバムを開いてスマホで撮ったものでかまいません。

1964年〜

1983 – 199319歳から29歳まで

二十代のころ

寮と、工場と、休みの日

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いちばんよく覚えているのは、この十年だ。
毎日おなじことをしていたはずなのに、なぜか一日ずつ思い出せる。

1984年、独身寮の和室であぐらをかく20歳の誠一

独身寮の部屋

四畳半。風呂は共同。それで十分だった。 隣の音が丸聞こえで、誰が何時に帰ったかまで分かった。

1980年代のラジカセと、手書きラベルのカセットテープ

はじめての給料で買ったもの

三か月分ためて買った。ラジオから流れた曲を、そのまま録って何度も聴いた。

1980年代の喫茶店のテーブル。クリームソーダと灰皿

休みの日の喫茶店

することがないと、駅前の店で二時間ねばった。あの時間があったから、続いたのかもしれない。

このままここにいていいのか、と思った時期がある。
同級生が東京に出ていくのを、何度か見送った。
結局、辞めなかった。それだけの話だ。

1980年代後半、夏祭りの夜。並んで歩く二人の後ろ姿

妻と会った日

工場の夏祭りだった。話しかけたのは、たしか自分からだ。 帰り道の匂いだけ、はっきり残っている。

1988年、海沿いの公園に少し離れて並ぶ、24歳の誠一と22歳の妻

付き合いはじめたころ

写真の中の二人は、まだ少し離れて立っている。このあと、ずっと隣にいることになる。

「まじめそうな人だと思った」

ずっとあとで、妻から

そのころのこと(写真は、ない)

  • 198521歳

    寮の誰かがファミコンを買ってきて、スーパーマリオばかりやっていた。順番待ちで、一人30分と決めた。 わたしは下手で、いつも早く終わった。それでも毎晩、あの部屋に集まっていた。

  • 198824歳

    東京ドームができた。屋根のある球場など、想像もつかなかった。 行こう行こうと言いながら、実際に入ったのは十年以上あとだ。そういうことばかりしている。

  • 199329歳

    妻がナタデココを買ってくるようになった。名前が覚えられなかった。 娘が生まれる前の年だ。台所で二人で食べていた、あの音だけ残っている。

二十代のころの写真(全12枚)

独身寮の部屋
寮の四畳半
妻と会った日
付き合いはじめたころ
ほか
8枚
見本の説明

写真がない時期も、年と、そのときの気持ちだけで残せます。

1983年〜

199430歳

娘が生まれた

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1994年、産院のベッドで生まれたばかりの娘を抱く妻と、のぞき込む誠一

みさきと名づけた

岬のように、まっすぐ前を向いていてほしいと思った。
抱いたとき、思ったより軽くて、こわかった。この子のために働くのだと、そのとき決めた。

1歳の誕生日、ケーキの前に座る娘
七五三、着物姿で神社の石段をのぼる娘
産院の新生児用ベッドで眠る娘

はじめての誕生日/七五三/生まれた日

見本の説明

年ごとに分けて、いくらでも足していけます。

1994年

2001 – 201537歳から51歳まで

娘が大きくなった

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気がついたら、ランドセルが振袖になっていた。
そのあいだのことは、写真のほうがよく覚えている。

2001年、桜の咲く小学校の校門で、ランドセルの娘と妻

入学式

仕事で行けなかった。妻が撮ってきた写真を、その晩何度も見た。

2008年、中学校の校庭で友だちと笑うセーラー服の娘

中学生

このころから、話しかけても「うん」しか返ってこなくなった。

2015年1月、実家の玄関前で振袖の娘をはさんで並ぶ夫婦

成人式

朝早く、玄関の前で3人並んだ。いつのまにか、妻より背が高くなっていた。

見本の説明

お子さまの成長を、親の側から一冊にまとめられます。

2001年〜2015年

201147歳

父を見送った

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金屏風の前で、紋付袴の誠一と白無垢の妻、両脇に誠一の父と母

父の写真は、数えるほどしかない

自分の結婚式の日。父が写っている、数少ない一枚だ。
写真に写るのが嫌いな人だった。もっと撮っておけばよかったと、いまになって思う。 だから、自分の写真は残しておくことにした。

午後の光が差す病室。ベッドの脇に置かれた無人の椅子

最後に交わしたことば

病室で、「めしは食ったか」と聞かれた。それが最後だった。あの人らしいと思う。

見本の説明

ここは、ご家族だけが見られる設定にしています。

2011年

2020.0656歳

娘の結婚

沖縄・家族だけの式

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沖縄のチャペル前に並ぶ両家8人。アロハシャツとムームーでそろえた家族写真

8人だけの式だった

前の日の夜、荷物を詰めながら、この子が生まれた日のことを思い出していた。

支度部屋で、妻が娘のベールを整えているところ

支度のあいだ

妻がベールを直していた。わたしは何もできず、廊下に立っていた。

チャペルのバージンロードを、娘と腕を組んで歩く誠一

腕を組んで歩いた

泣くだろうと、みんなに言われていた。
泣いていない。たぶん。

チャペル前に並ぶ、家族4人

うちの4人で

娘が家を出る日でもあった。この並びで写るのは、これが最後かもしれない。

見本の説明

お子さまのご結婚を、親の側から残しておけます。

2020年6月

2022.1058歳

孫が生まれた

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産院で、生まれたばかりの孫を抱く娘

はじめて抱いた日

娘のときより、手が震えた。自分の子は必死で、こわがる余裕もなかったのだと思う。

リビングで、両手を広げてしゃがむ祖父に歩み寄る孫

「じいじ」と呼ばれた日

はっきりとは言えていない。「じーじ」に近い音だった。それでも、その日は一日じゅう機嫌がよかったらしい。

縁側の見える和室で、孫を膝にのせて笑う祖父と、のぞき込む祖母

三人で撮ってもらった

娘が撮ってくれた一枚。自分がこんな顔で笑うとは、思っていなかった。

見本の説明

お孫さんの写真も、家族だけが見られる場所に。

2022年10月

思い出の品

捨てられずに、とってあるもの

🔒 このページは、家族だけが見られます

写真だけでなく、手元に残っている物も撮ってみた。
いつか処分するとしても、ここに残しておけば、それでいい気がする。

引き出しに入った、使い込まれた黒い万年筆

万年筆

勤めて10年目に、父からもらった。もう書けないが、机の引き出しに入っている。

塗装の剥げた古い鋼製の工具箱と、中の工具

工具箱

43年、同じものを使った。中身は何度も入れ替えたが、箱だけは変えていない。

畳の上に置かれた、額に入った勤続表彰状

表彰状

勤続30年。もらったときは、そんなに経ったのかと思った。

黄ばんだ画用紙に描かれた、娘のクレヨンの写生画

娘の写生画

小学2年生。我が家の車を描いたらしいが、いまだに何色なのか分からない。

見本の説明

お写真だけでなく、品物を撮って残すこともできます。

2026年8月

大切にしてきたこと

🔒 このページは、家族だけが見られます

自慢できることは、ひとつもない。大きな仕事もしていない。

ただ、朝に出て、夕方に帰ってくる。その生活を、43年続けることはできた。 休んだのは、娘が生まれた日と、父が亡くなった日だけだ。

支えてくれた妻には、感謝している。この人と結婚できたことが、いちばんの幸運だった。

やらなかったことも、書いておく。
海外には、とうとう一度も行かなかった。妻は行きたかったはずだが、聞かなかったことにしていた。
父に、ありがとうと言えなかった。言う機会は、いくらでもあった。

娘に、孫に、いつか言えたらと思っている。
たいしたことはしていない、と。
それどころか、二人のおかげで、何度も笑わせてもらった、と。
うちの子に生まれてきてくれて、ありがとう、と。
まだ言えていない。だから、ここに書いておく。

2026年 夏

見本の説明

写真だけでなく、ことばを残しておく場所も作れます。

2026年8月

2026.0462歳

このサイトのこと

🔒 このページは、家族だけが見られます

会社を辞めて、時間ができた。
押し入れの写真を出してみたら、思っていたより多くて、 このままでは誰も見ないまま終わると思った。

正月、こたつを囲んで家族みんなでタブレットをのぞき込む

今年の正月

孫が、タブレットの写真ばかり見ていた。
押し入れの写真も、こうして見られたらいいと思った。

ダイニングで、古いアルバムの写真をスマートフォンで撮る誠一

わたしにできるだろうか

パソコンは、表計算がやっと。正直、無理だろうと思っていた。
相談したら、写真を送るだけでいいという。押し入れのアルバムを、スマホで撮って送った。

ソファに並んで、ひとつのスマートフォンを見て笑う夫婦

いまは、見つけたら送っている

押し入れから写真が出てくるたびに、スマホで撮ってLINEで送る。数日後には、ページが増えている。
「送るだけでいい」と分かって、気が楽になった。

こんなふうに分けた

どなたでも見られるページ

  • 全国制覇(旅行とグルメ)

旅と食べものの話は、
誰に見られても困らない。

家族だけのページ

合言葉を知っている人だけ

  • 子どものころ
  • 二十代のころ
  • 娘が生まれた
  • 娘が大きくなった
  • 父を見送った
  • 娘の結婚
  • 孫が生まれた
  • 思い出の品
  • 大切にしてきたこと
  • このサイトのこと
  • みさきへ
見本の説明

ページごとに、公開/家族だけを選べます。
お客様は、お写真を送っていただくだけです。

2026年4月

2026.0962歳

みさきへ

🔒 このページは、家族だけが見られます

このサイトは、はじめから、みさきに渡すつもりで作っていた。

ソファで、スマートフォンのメッセージを送ろうとしている誠一

送った

送信を押すまでに、ずいぶんかかった。

自宅で、スマートフォンを見て口もとに手を当てる娘と、横にくっつく孫

みさきのほうでは

あとで、みさきの夫がこの写真を送ってくれた。見なかったことにしている。

その日のやりとり

わたし
押し入れの写真、まとめてみた。合言葉は、いつもの4桁。
みさき
見た。おじいちゃんの自転車の写真、はじめて見た。
みさき
私が生まれた日の写真、お父さん泣いてない?
わたし
泣いてない。
古いアルバムの白黒の赤ん坊の写真を、孫の小さな指がさしている

「これ、だれ?」

孫が、白黒の赤ん坊を指さして聞いた。じいじだよ、と言ったら、笑われた。

これから先は、
みさきが写真をつなぐ。

我々のあと、
みさきの家族が受け継ぐ。

見本の説明

作ったサイトを、そのままご家族に渡せます。
同じURLで、家族みんなで見られます。

2026年9月

2012 –夫婦の趣味

死ぬまでに「全国制覇」

十数年前から、夫婦で旅行に行くようになった。
いつからか、行ったことのない土地を選ぶようになり、 数か月先の出発の日を楽しみに、毎日を過ごすようになった。

娘が「沖縄で式を挙げたい」と言ったとき、本当にうれしかった。
白状すると、結婚する本人よりも、わたしのほうが沖縄を調べていたかもしれない。

よく撮れた5枚

京都の紅葉の参道に並ぶ夫婦

2013 京都

人に撮ってもらった。二人とも、どこに立てばいいか分からなかった。

雪の夜の銀山温泉で、浴衣に羽織姿の誠一

2018 山形

妻が「そこに立って」と言うので立った。寒かった。

阿蘇の草原の小道を歩く夫婦の後ろ姿

2019 熊本

草原を歩いていたら、妻が腕につかまってきた。

ラベンダー畑で自撮りする夫婦

2023 北海道

はじめて自分で撮った二人の写真。腕が短くて、顔が大きい。

富士山の見える海辺の松林で、孫を抱き上げる誠一と家族

2025 静岡

孫がついてきた。富士山より、孫ばかり撮っていた。

← 横にすべらせて見られます →

塗ったのは 35 / 47

あと12。生きているうちに、塗り終わるだろうか

北海道・東北

北海道青森岩手宮城秋田山形福島

関東

茨城栃木群馬埼玉千葉東京神奈川

中部

新潟富山石川福井山梨長野岐阜静岡愛知

近畿

三重滋賀京都大阪兵庫奈良和歌山

中国・四国

鳥取島根岡山広島山口徳島香川愛媛高知

九州・沖縄

福岡佐賀長崎熊本大分宮崎鹿児島沖縄
塗ったところまだのところ

帰ってきた晩に、ここをひとつ塗る。
それが楽しみで出かけているようなものだ。
塗る係は、妻がやりたがる。

行った先で

潮が引いた干潟に立つ厳島神社の大鳥居

厳島神社(広島)

潮が引いていて、鳥居の下まで歩けた。妻が「ここまで来られるとは思わなかった」と、何度も振り返っていた。

展望台から見下ろした星形の五稜郭

五稜郭(北海道)

タワーに上らないと星の形が分からない、と言われて上った。本当に星だった。

食べたもの

沖縄の食堂で、アロハシャツ姿でソーキそばをすする誠一

ソーキそば(沖縄)

娘の式の前日、二人で入った店。妻は食べきれず、半分もらった。あの日のことは、この一杯で思い出せる。

おひつに盛られたひつまぶしと、出汁と薬味

ひつまぶし(愛知)

三杯目は出汁をかけると教わって、そのとおりにした。あれが、いちばんうまかった。

この10年の写真(全24枚)

京都
山形
熊本
ソーキそば
ほか
20枚

塗り終わるころには、孫が塗る係をやりたがるかもしれない。

見本の説明

このページだけ、どなたでも見られる設定です。
ご趣味の記録は、公開なさる方が多くいらっしゃいます。

2012年〜

このページは「見本」です

ここまでご覧いただいたページは、ミリサイトという仕組みで作った見本です。
登場する人物・写真は、すべて架空のものです。

62年分の記録が、1ページに並んでいました。
押し入れの箱の中では、こうはいきません。

この見本では、旅行とグルメのページだけを公開し、 残りの11ページは家族だけが見られる設定にしています。

よくあるご質問

わたしにも、できるでしょうか。
はじめの形は、こちらでお作りします。お客様がなさるのは、お写真をお送りいただくことだけです。
そのあとの追加も、写真を送っていただくだけです。こちらで作業します(写真10枚 3,000円)。
分からないことがあったら、どうすればいいですか。
お電話ください。お客様に操作していただくことは、ありません。
写真は、押し入れの古いアルバムにあります。
大丈夫です。アルバムを開いて、スマホで撮ったものでかまいません。
撮り方が分からないときは、お電話でご説明します。
お写真は、何枚まで入れられますか。
はじめは50枚までです。あとから10枚 3,000円で追加できます。上限はありません。
知らない人に見られませんか。
ページごとに、合言葉をかけられます。
合言葉をかけたページは、検索しても出てきません。
月々の費用はかかりますか。
かかりません。29,800円の買い切りです。
ドメインやサーバーのご契約・お支払いも不要です。
自分がいなくなったあとは、どうなりますか。
この見本のように、合言葉をご家族に伝えておいてください。同じURLで、そのまま見られます。
ご契約のことは、お電話でご相談ください。

さらに詳しくは、こちら

ミリサイト

大切なものをしまっておく場所

まずはお写真50枚から。
29,800円(税込・買い切り)
月々の費用は、かかりません

ミリサイトについて見る 042-794-6667

10:00〜17:00(土日祝は13:00まで)