夫婦で訪れた高台からの眺め
生まれたばかりの孫を抱く娘
沖縄での娘の結婚式、両家8人の記念写真
誠一

誠一の記録

娘の結婚式で、こんなに幸せな気持ちにさせてもらった。
あのときの想いと写真を、なくしたくなかった。
ついでに、いつか整理しようと思っていた写真も、
少しずつここに入れていくことにする。

1964年生まれ 東京・町田 43年勤めた会社を今年の春に辞めた

2012 –

死ぬまでに「全国制覇」

夫婦の趣味

十数年前から、夫婦で旅行に行くようになった。
いつからか、行ったことのない土地を選ぶようになり、 数か月先の出発の日を楽しみに、毎日を過ごすようになった。

娘が「沖縄で式を挙げたい」と言ったとき、本当にうれしかった。
白状すると、結婚する本人よりも、 ★わたしのほうが沖縄を調べていたかもしれない。

塗ったのは 33 / 47

あと14。生きているうちに、塗り終わるだろうか

北海道・東北

北海道青森岩手宮城秋田山形福島

関東

茨城栃木群馬埼玉千葉東京神奈川

中部

新潟富山石川福井山梨長野岐阜静岡愛知

近畿

三重滋賀京都大阪兵庫奈良和歌山

中国・四国

鳥取島根岡山広島山口徳島香川愛媛高知

九州・沖縄

福岡佐賀長崎熊本大分宮崎鹿児島沖縄
塗ったところ まだのところ

帰ってきた晩に、ここをひとつ塗る。
それが楽しみで出かけているようなものだ。
塗る係は、妻がやりたがる。

行った先で

潮が引いた干潟に立つ厳島神社の大鳥居

厳島神社(広島)

潮が引いていて、鳥居の下まで歩けた。 妻が「ここまで来られるとは思わなかった」と言って、 何度も振り返っていた。

展望台から見下ろした星形の五稜郭

五稜郭(北海道)

タワーに上らないと星の形が分からない、と言われて上った。 本当に星だった。上ってよかった。

食べたもの

沖縄の食堂のテーブルに並んだソーキそば

ソーキそば(沖縄)

娘の式の前日、二人で入った店。 妻は食べきれず、半分もらった。 あの日のことは、この一杯で思い出せる。

おひつに盛られたひつまぶしと、出汁と薬味

ひつまぶし(愛知)

三杯目は出汁をかけると教わって、そのとおりにした。 あれが、いちばんうまかった。

この10年の写真(全24枚)

そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
ほか
20枚
見本の説明

このページだけ、どなたでも見られる設定です。
ご趣味の記録は、公開なさる方が多くいらっしゃいます。

2012年〜

1972

子どものころ

🔒 このページは、家族だけが見られます
1972年、土の校庭で行われた小学校の運動会

小学2年の運動会

このころは、まだ町田に田んぼがあった。 学校から帰ると、暗くなるまで外にいた。

1972年、路地で自転車の練習をする少年と、離れて見守る父

父と、自転車の練習

後ろを持っていてくれると思ったら、 とっくに手を離していた。転んで泣いたら、 「泣くな。もう一回だ」とだけ言われた。

子どものころの写真(全9枚)

そのころの写真
そのころの写真
ほか
7枚
見本の説明

古い写真も、スマホで撮ったものでかまいません。

1972年

1983 – 1993

二十代のころ

寮と、工場と、休みの日

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いちばんよく覚えているのは、この十年だ。
毎日おなじことをしていたはずなのに、 なぜか一日ずつ思い出せる。

1983年ごろ、工場の独身寮の四畳半の部屋

独身寮の部屋

四畳半。風呂は共同。それで十分だった。 隣の音が丸聞こえで、誰が何時に帰ったかまで分かった。

1980年代のラジカセと、手書きラベルのカセットテープ

はじめての給料で買ったもの

三か月分ためて買った。ラジオから流れた曲を、 そのまま録って何度も聴いた。曲名は、いまも分からないままだ。

このままここにいていいのか、と思った時期がある。
同級生が東京に出ていくのを、何度か見送った。
辞めようかと思った日のことも、覚えている。
結局、辞めなかった。それだけの話だ。

1980年代の喫茶店のテーブル。クリームソーダと灰皿

休みの日の喫茶店

することがないと、駅前の店で二時間ねばった。 いま思えば、あの時間があったから続いたのかもしれない。

1980年代後半、夏祭りの夜。並んで歩く二人の後ろ姿

妻と会った日

工場の夏祭りだった。話しかけたのは、たしか自分からだ。 何を話したかは覚えていないのに、 帰り道の匂いだけ、はっきり残っている。

「まじめそうな人だと思った」

ずっとあとで、妻から

そのころのこと(写真は、ない)

  • 198521歳

    寮の誰かがファミコンを買ってきて、スーパーマリオばかりやっていた。 順番待ちで、一人30分と決めた。 わたしは下手で、いつも早く終わった。それでも毎晩、あの部屋に集まっていた。

  • 198824歳

    東京ドームができた。屋根のある球場など、想像もつかなかった。 行こう行こうと言いながら、実際に入ったのは十年以上あとだ。 そういうことばかりしている。

  • 199329歳

    Jリーグが始まった。休憩室のテレビが、急にサッカーになった。 ルールを知らないまま、みんなで見ていた。 覚えたのは、たぶんあの年だ。

  • 199329歳

    妻がナタデココを買ってくるようになった。名前が覚えられなかった。 いま思えば、娘が生まれる前の年だ。 台所で二人で食べていた、あの音だけ残っている。

二十代のころの写真(全12枚)

そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
ほか
8枚
見本の説明

いちばん記憶に残っている時期ほど、写真が残っていないものです。
★写真がなくても、年と、そのときの気持ちだけで残せます。

2026年8月

1983 – 2026

はたらいた日々

43年

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高校を出て、町田の工場に入った。
辞めるまで、同じ会社にいた。

1983年、大きすぎる作業着の袖を折って旋盤の横に立つ18歳

入社した年

18歳。作業着が大きすぎて、袖を折っていた。 この写真を撮ったのが誰だったか、もう思い出せない。

退職の日、工場で花束を受け取った手もと

最後の日

花束をもらった。
若い者に「お世話になりました」と言われて、 こちらこそ、と返すのが精一杯だった。

工場でのころの写真(全16枚)

そのころの写真
そのころの写真
ほか
14枚
見本の説明

写真の下に、そのときの気持ちを書いておけます。

2026年3月

1994

娘が生まれた

🔒 このページは、家族だけが見られます
1994年、産院の新生児用ベッドで眠る生まれたばかりの娘

みさきと名づけた

岬のように、まっすぐ前を向いていてほしいと思った。
抱いたとき、思ったより軽くて、こわかった。 この子のために働くのだと、そのとき決めた。

1歳の誕生日、ケーキの前に座る娘
七五三、着物姿で神社の石段をのぼる娘
小学校の入学式、赤いランドセルを背負って校舎の前に立つ娘

はじめての誕生日/七五三/小学校の入学式

娘が小さかったころの写真(全31枚)

そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
ほか
27枚
見本の説明

年ごとに分けて、いくらでも足していけます。

1994年

2011

父を見送った

🔒 このページは、家族だけが見られます
午後の光が差す病室。ベッドの脇に置かれた無人の椅子

最後に交わしたことば

病室で、「めしは食ったか」と聞かれた。
それが最後だった。あの人らしいと思う。

木のテーブルに置かれた、色あせた父の写真一枚

父の写真は、これだけ

写真に写るのが嫌いな人だった。 もっと撮っておけばよかったと、いまになって思う。
だから、自分の写真は残しておくことにした。

父の写真(全3枚)

そのころの写真
そのころの写真
ほか
1枚
見本の説明

ここは、ご家族だけが見られる設定にしています。

2011年

2020.06

娘の結婚

沖縄・家族だけの式

🔒 このページは、家族だけが見られます
沖縄のチャペル前に並ぶ両家8人。アロハシャツとムームーでそろえた家族写真

8人だけの式だった

前の日の夜、荷物を詰めながら、 この子が生まれた日のことを思い出していた。
当日は、思っていたより落ち着いていた。 泣くだろうと言われていたが、式の間はずっと海を見ていた気がする。

支度部屋で、母が新婦のベールを整えているところ

支度のあいだ

妻がベールを直していた。 わたしは何もできず、廊下に立っていた。

チャペル前に並ぶ、みさきの家族4人

うちの4人で

娘が家を出る日でもあった。 この並びで写るのは、これが最後かもしれない。

式の日の写真(全68枚)

そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
ほか
65枚
見本の説明

お子様のご結婚を、親の側から残しておけます。

2020年6月

2022.10

孫が生まれた

🔒 このページは、家族だけが見られます
産院で、生まれたばかりの孫を抱く娘

はじめて抱いた日

娘のときより、手が震えた。 自分の子は必死で、こわがる余裕もなかったのだと思う。

リビングで、両手を広げてしゃがむ祖父に歩み寄る3歳の孫

「じいじ」と呼ばれた日

はっきりとは言えていない。「じーじ」に近い音だった。 それでも、その日は一日じゅう機嫌がよかったらしい。

縁側の見える和室で、孫を膝にのせて笑う祖父と、のぞき込む祖母

三人で撮ってもらった

娘が撮ってくれた一枚。 自分がこんな顔で笑うとは、思っていなかった。

孫の写真(全42枚)

そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
ほか
39枚
見本の説明

お孫さんの写真も、家族だけが見られる場所に。

2022年10月

思い出の品

捨てられずに、とってあるもの

🔒 このページは、家族だけが見られます

写真だけでなく、手元に残っている物も撮ってみた。
いつか処分するとしても、ここに残しておけば、それでいい気がする。

引き出しに入った、使い込まれた黒い万年筆

万年筆

勤めて10年目に、父からもらった。 もう書けないが、机の引き出しに入っている。

塗装の剥げた古い鋼製の工具箱と、中の工具

工具箱

43年、同じものを使った。 中身は何度も入れ替えたが、箱だけは変えていない。

畳の上に置かれた、額に入った勤続表彰状

表彰状

勤続30年。もらったときは、そんなに経ったのかと思った。

黄ばんだ画用紙に描かれた、娘のクレヨンの写生画

娘の写生画

小学2年生。我が家の車を描いたらしいが、 いまだに何色なのか分からない。

とってあるものの写真(全11枚)

そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
そのころの写真
ほか
7枚
見本の説明

お写真だけでなく、品物を撮って残すこともできます。

2026年8月

大切にしてきたこと

🔒 このページは、家族だけが見られます

自慢できることは、ひとつもない。 大きな仕事もしていない。

ただ、朝に出て、夕方に帰ってくる。 その生活を、43年続けることはできた。 休んだのは、娘が生まれた日と、父が亡くなった日だけだ。

支えてくれた妻には、感謝している。 この人と結婚できたことが、いちばんの幸運だった。

やらなかったことも、書いておく。
海外には、とうとう一度も行かなかった。 妻は行きたかったはずだが、聞かなかったことにしていた。
父に、ありがとうと言えなかった。言う機会は、いくらでもあった。

娘に、孫に、いつか言えたらと思っている。
たいしたことはしていない、と。
それどころか、二人のおかげで、何度も笑わせてもらった、と。
うちの子に生まれてきてくれて、ありがとう、と。
まだ言えていない。だから、ここに書いておく。

2026年 夏

見本の説明

写真だけでなく、ことばを残しておく場所も作れます。

2026年8月

2026.04

このサイトのこと

🔒 このページは、家族だけが見られます

会社を辞めて、時間ができた。
押し入れの写真を出してみたら、思っていたより多くて、 このままでは誰も見ないまま終わると思った。

ダイニングでノートパソコンに向かい、首をかしげる誠一

わたしにできるだろうか

パソコンは、表計算がやっと。 正直、無理だろうと思っていた。
40分、画面を一緒に見ながら教わった。 写真を1枚入れるところまでやってみたら、できた
62歳で、新しいことをひとつ覚えた。

夜のダイニングで、冊子に手を置いて微笑む誠一

いまは、少しずつ足している

冊子をもらったので、分からなくなったら、それを見る。
それでも駄目なときは、電話をすれば、やってもらえるらしい。
「やってもらえる」があるだけで、気が楽になった。

こんなふうに分けた

どなたでも見られるページ

  • 全国制覇(旅行とグルメ)

旅と食べものの話は、
誰に見られても困らない。

家族だけのページ

合言葉を知っている人だけ

  • 子どものころ
  • はたらいた日々
  • 娘が生まれた
  • 父を見送った
  • 娘の結婚
  • 孫が生まれた
  • 思い出の品
  • 大切にしてきたこと

旅行と食べものの話だけ、誰でも見られるようにした。
なぜだか、うまいものを食べると人に言いたくなる。

それ以外は、家族だけにした。
娘には合言葉を伝えてある。 孫が大きくなったら、そのときに教えるつもりだ。

見本の説明

ページごとに、公開/家族だけを選べます。
あとからのご相談も、承っています。

2026年4月

このページは「見本」です

ここまでご覧いただいたページは、ミリサイトという仕組みで作った見本です。
登場する人物・写真は、すべて架空のものです。

54年分の記録が、1ページに並んでいました。
押し入れの箱の中では、こうはいきません。

この見本では、旅行とグルメのページだけを公開し、 残りの8ページは家族だけが見られる設定にしています。

よくあるご質問

わたしにも、できるでしょうか。
はじめの形は、こちらでお作りします。お客様がなさるのは、お写真をお送りいただくことだけです。
そのあと更新なさりたい方には、40分の個別レッスン(★初回無料)と、 冊子のマニュアルをお渡ししています。
途中で分からなくなったら、どうすればいいですか。
お電話でご相談ください。それでも難しいときは、こちらで作業いたします
お写真の追加は10枚 3,000円、そのほかのご相談も承っています。
写真は、押し入れの古いアルバムにあります。
大丈夫です。★アルバムを開いて、スマホで撮ったものでかまいません。
撮り方は、マニュアルでご説明しています。
お写真は、何枚まで入れられますか。
はじめは50枚までです。あとから10枚 3,000円で追加できます。上限はありません。
知らない人に見られませんか。
ページごとに、合言葉をかけられます。
合言葉をかけたページは、★検索しても出てきません。
月々の費用はかかりますか。
かかりません。29,800円の買い切りです。
ドメイン代(年1,000〜2,000円程度)のみ、別途ご負担いただきます。
自分がいなくなったあとは、どうなりますか。
ご家族に引き継いでいただけます。合言葉と、ご契約の情報をお伝えください。
ご心配な点は、お電話でご相談ください。

さらに詳しくは、こちら

ミリサイト

大切なものをしまっておく場所

まずはお写真50枚から。
29,800円(税込・買い切り)
月々の費用は、かかりません

ミリサイトについて見る 042-794-6667

10:00〜17:00(土日祝は13:00まで)